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ここは幸助(ゆきすけ)がまったりと書くブログです。


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 秀吉子飼いのプチ歴史紀行♪ 
だいぶ記事が降りてしまいましたな…
先日の名古屋市内でのプチ歴史紀行の続きですよ~!

拍手いくつかありがとうございます
…昨日の明け方,我が息子「にわさきくん」の名前が
「かりやさきくん」に変更される夢を見ました
…危うく某カリスマ華道家になるところでした


清正や秀吉の生誕地(…あとそのご近所さん達←)を拝んだ後は,
幸助,訪問二回目の秀吉清正記念館へGO~!

丁度その周辺で見つけた,ちょっと可愛い歩道上のペイント(←なんて言うんだ?笑)

『あっ、清正ぁ~!か~わ~い~い~!』by正則
清正の細長~い兜と采配が描いてありました
…清正,愛されてまっす

『…清正…おまえという奴は…』by三成
もうひとつその近くで見つけた,「会席 かとう」の看板
思わず,KOGAIの飲食店とか妄想してしまった!

秀吉清正記念館では,スペースはさほど広くないですが,見学料無料ですし,
なかなかがっつり!おべんきょできますぜ!^p^ オススメです

前回の見学時には気付かなかったけど,検地に用いた定規?(複製品だけど)に
「石田」と三成の名前と,花押がちゃんと記してあって,思わず
「小学一年生の持ち物かっ///」と一人悶えてしまいました…^p^←

定期的に展示が変わるスペースでは,「秀吉と清正」をテーマに
いくつか資料がありましたが,そのときふと気になったのがありました
それは,加藤清正の幼名についてのお話。

朝鮮出兵での虎退治の話が有名な清正。
私が今まで幼名だと思っていた「虎之助」にぴったり!な逸話だな~///
思っていたら,展示の中に幼名「夜叉丸」の文字が!
か…カッコいいな!…でも,どちらが通称なんだろう…?
その展示パネルの説明文では,「幼名:夜叉丸 → 元服:虎之助清正」となっていました
き…気になる!(でもまだ調べていないのだね苦笑)

他にも,同じ子飼い武将の福島正則に関する展示もありました
太閤記のエピソードから『木下藤吉郎 市松の怪力に驚く図』だそうです
ここでいう,市松とは正則の若い頃の名前。なんか可愛いっすね///

「2才の正則が石臼を引いて遊んでいる姿を,
足軽だったと藤吉郎が見て驚く場面を描く」…だそうで,
太閤記では,正則の怪力を目にしたこれを機に秀吉は正則に目をかけ,
家来にした…というエピソードとしているようです…が…
2才の子が石臼引いて遊ぶのか!?(まあ,当時としてはこれも立派な遊びなのかも…?)
…というか私は,じゃじゃ馬なチビ正則がどこかに行ってしまわぬように
石臼に括り付けておいたのを何の効果なしにチビ正則が引いていた
図にしか見えない!
…まあ,太閤記自体がフィクションの塊…という意見も多々あるから
これもその例外ではないかもしれませんが,それでもついつい惹かれてしまう,
秀吉と子飼いのまったりエピソードでした

記念館横の中村公園では,イイ年の娘御2人が
鉄棒で前転したり(←色々とギリギリ。笑)ブランコで遊んだり…
なかなか楽しんでしまいました!さて,お次は名古屋城へGO~!

名古屋城
通算3回目?ぐらいの名古屋城!
現在,本丸御殿を建設中ですが,前回行った時はただのフェンスだった所が
今ではプレファブの作業用の建物になっていて,益々本格化していました
丁度,名古屋城天守閣前には,今話題奮闘中?のおもてなし武将さんがいて,
若いおなごにはなかなか人気でしたよ~!
そうそう,その日は何故か同世代ぐらいの若者の訪問がとても多かったです!

名古屋城の清正像
名古屋城敷地内の加藤清正像。
ここでは槍ではなく扇を手に,名古屋城築城工事の指揮を執っています
…って,確かに扇持ってるけど,左手にはちゃんと槍っぽいの持っていたわ

清正石
七本槍・虎退治のエピソードに続き,ここではこんな大きな石も運んだんだぜ☆と
もはやギネスブック並みの記録を持つ武将,加藤清正…って,
この石がある石垣は黒田長政の管轄下。よって今回はおそらくフィクションだそう
それでも,この大きな石に「清正石」と付けられるぐらい,清正は伝説の男だったのかな?笑
…でも,もしかしたらこれを運んだかもしれない黒田さんにとってはいい迷惑ですよね

そうそう「幸助と旅した人は必ずオチが付く」という
ジンクスがあるんですが(笑)また今回もやってしまいましたよ…!

帰りは名古屋城の東門から出るとすぐに地下鉄乗り場があるのですが,
ふとした好奇心から正門から出てみることに☆
「正門の出口付近にも地下鉄乗り場あるっしょ♪」と
思っていたのですが,あるのはタクシー乗り場だけ…
仕方なく正門から東門まで,慣れないブーツでトコトコ歩きました
そして,その距離を調べたら…なんと1.8キロメートルありましたよ!
歩いている時は「これだけ歩いてもお堀の半分もいかないだろうね~」なんて
話していましたが,余裕で半分越していました。笑 お疲れ様っす~!

名古屋城のお土産屋さんでGETした,戦国おみくじ…
友達は,南部さん?という武将が出て,幸助にはさっぱり…笑
ど…どこの武将なのかしら?何をした武将なのかしら?

因みに私は五大老の一人,宇喜多秀家でした~!
三成を狙っていたけど(おみくじは狙うもんじゃない。笑)同じ西軍武将でよかった~
+先日の歴史ヒストリアで,秀家&豪姫のエピソードを見て感動…!
おみくじには「玉の輿になる可能性を十分に秘めている」だって///
その割に金運は「贅沢は慎むべし」とな。むむむ…!難しいですな…!

そんな,ほのぼのとしたプチ歴史紀行でした~!
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プロフィール

幸助

Author:幸助
2/18生まれの生粋のO型人間
マイペース属まったり科

好…日本史の戦国時代
今は石田三成に傾愛中
関ヶ原の西軍贔屓

好…ゆるキャラ
岩崎城のにわさきくんママ
主に戦国系ゆるキャラ贔屓

好…稲妻11にハマっています
どのキャラも一生懸命で
可愛いんです

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